2013年12月24日

【銃弾支援要請】 韓国 「(陸上自衛隊に要請はしていない)国連に要請した」

■日韓、支援要請めぐり食い違い(デイリースポーツ)

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韓国外務省の趙泰永報道官は24日の記者会見で、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)で展開中の韓国軍が日本から銃弾提供を受けたことに関し「国連に要請し、国連を通じて支援を受けた」と述べ、日本に要請はしていないと強調した。

 現地の陸上自衛隊の隊長は24日、韓国軍の部隊長から電話で直接要請があったとしており、日韓の食い違いが浮き彫りになった。

 韓国内で日本の軍備拡大に大義名分を与えるのではないかとの批判が高まっていることについて、趙報道官は「何の関係もない」と反論した。
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【政治】 「慰安婦問題が悪化…心痛む」 民主党の国会議員ら、韓国女性家族部長官に

■韓国女性家族部長官が日本議員と面談=慰安婦問題で(聯合ニュース)

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韓国女性家族部の趙允旋(チョ・ユンソン)長官は20日、日本の民主党の前職・現職の国会議員らと面談し、日本政府が旧日本軍の慰安婦問題の解決に向けて責任ある姿勢を示すべきだと強調した。

 趙長官は、江田五月参院議員ら「戦後補償を考える議員連盟」の会員8人と面談し、「慰安婦問題は過去でなく現在の問題だ。戦後補償に関心がある民主党内の議員らが積極的な関心と支持を表明してほしい」と要請した。

 江田議員は、慰安婦問題の悪化に心を痛めているとした上で、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めて謝罪した「河野談話」や植民地支配と侵略を認め反省と謝罪を表明した「村山談話」は根拠があるとの見方を示した。
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【埼玉】シャモ(和人)に「アイヌあっち行け」と言われた…差別の半生、自伝に 上尾市在住のアイヌ民族・北原きよ子さん

■差別の半生、自伝に 上尾市在住のアイヌ民族・北原きよ子さん(東京新聞)

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北海道や周辺の島々で、日本人が入植する前から暮らしてきた先住民族アイヌ。一九八六年に「日本は単一民族国家」と発言した中曽根康弘首相(当時)に初めて抗議文を送ったアイヌ民族が、北原きよ子さん(67)だ。今年九月、差別とともに歩んできた半生を振り返る自伝「わが心のカツラの木 滅びゆくアイヌといわれて」(岩波書店)を出版した。

 両親は旧樺太(現ロシア・サハリン)で育った「樺太アイヌ」。終戦後に北海道に移住し、行商やコンブ漁、土木作業と職を転々としながら引っ越しを繰り返した。

 北原さんが小学校に入ると、「シャモ」(アイヌ語で和人=アイヌ民族から見た日本人)の同級生に「アイヌはあっちに行け」といじめられる日々が始まった。教師も「アイヌにアイヌといって何が悪い」と言い放った。「私の子も差別されるのは嫌だ。私は結婚も出産もしない」。小学三年のとき、そう誓った。

 社会人になっても差別は続き、勤め先をいくつも変えた。就職活動で訪れたある呉服店では、「アイヌを雇っては店の格に関わる」と笑われた。そんなときに出会ったのが、東京からアイヌ民族の取材に来たフリーカメラマンの北原龍三さんだった。

 龍三さんは帰京後、「結婚したい」と毎日のように手紙を送ってくれた。「世の中を信じてみよう」。二十九歳で結婚し、長男を産んだ。そして八〇年、首都圏に住む「ウタリ」(アイヌ語で同胞)たちと「関東ウタリ会」を結成。親たちからは習えなかったアイヌ語や伝統の刺しゅうなどを一緒に学び始めた。

 そんなある日、北海道に住む母親が泣きながら「こんなに差別されるなら(自分は)子どもを産まなければよかった」と電話してきた。老いた母に何があったのか、詳しい事情は分からない。積み重なった苦労が限界を超えたようだった。

 中曽根氏の「単一民族」発言は、その四日後だった。二つの出来事が重なり、たまらずに「発言の根拠を示してください」と抗議の質問状を送った。新聞などで報じられたが、返ってきたのは「受け取りました」というはがき一枚だけ。北原さんは「今でも返事を待ち続けている」という。

 龍三さんは二〇〇二年、六十六歳で他界した。一方で長男の次郎太さん(37)はアイヌ文化の研究で博士号を取得し、現在は北海道の研究機関に勤務。二人の孫もアイヌ語の勉強を楽しんでいる。

 「今でも『もうアイヌは滅びたと思っていた』と言われることがある。アイヌは、この社会で身近に暮らしていると知ってほしい。アイヌでもシャモでも生きやすい社会を次の世代に手渡したい」。自伝には、そんな強い願いが込められている。 

 きたはら・きよこ 北海道余市町で「樺太アイヌ」の両親の間に生まれ、道内を転々として育つ。定時制高校を卒業後、衣料品メーカーや靴店などに勤め、1972年に上京。75年に結婚し、76年から上尾市に住んでいる。89〜2001年に「関東ウタリ会」の会長を約7年間務めた。
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posted by nandemoarinsu at 00:04 | Comment(45) | TrackBack(0) | 国内ニュース


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