2021年09月17日

【経済】これから「みずほ銀行」に起こる、ヤバすぎる現実…システムの「爆弾」を誰も処理できない

■【経済】これから「みずほ銀行」に起こる、ヤバすぎる現実…システムの「爆弾」を誰も処理できない [朝一から閉店までφ★](5ちゃんねる)

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1 朝一から閉店までφ ★ ▼ 2021/09/17(金) 21:08:10.15 ID:+yt8eJSl9
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87384?imp=0
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87384?page=2

隠れていた「古の言語」

全体像の見えない「バベルの塔」と化したみずほのシステム。その成り立ちとは、どのようなものなのか。

過去に2度、みずほは大きなシステム障害を起こしている。1度目は前編でも触れた、'02年の3行統合に伴う混乱だ。

統合時、みずほは旧3行が使っていた複数の異なるシステムを生き残らせたまま、「ゲートウェイ・システム」と呼ばれる中継プログラムでそれらを繋ぎ合わせるという方針を打ち出した。
だが、この建て付けそのものに難があった。当時の事情を知るみずほ行員が言う。

「勧銀は富士通製のメインフレーム(大型コンピュータ)の『STEPS』を'88年に導入していました。また興銀は日立製のシステム『C-base』を、富士銀行は日本IBM製の『TOP』をそれぞれ持っていた。

普通、銀行が合併してシステムを統合する時は、顧客や預金などの情報をどれか一つのシステムに全て移行する『片寄せ』という方法を取ります。

しかし、みずほは合併後も『同じ担当の役員が3人いる』と揶揄されるくらい、よく言えば旧3行が対等、悪く言えばバラバラだった。そのため、各行のシステム、ひいてはベンダーとの取引を温存しようとしたのです」

統合直前、旧勧銀のSTEPSと、富士銀のTOPを並立させ、別のコンピュータでつなぐことが決まったが、あえなく失敗。それが統合時に発生した障害の原因だった。

このとき、事後処理にあたった情報系子会社の元社員は驚いたという。

「勧銀のシステムの一部に、'71年に第一銀行と日本勧業銀行が合併した時に作られたとみられる部分が残っていたのです」

この部分は、'80年代まで盛んに使われていたプログラム言語「COBOL」で書かれていた。'00年代には使いこなすエンジニアが激減し、「化石」と呼ばれた言語である。

「当時ですら、わかるエンジニアが現場にいなかった。もちろん設計図や手引の類いも見当たりませんでした」

たとえるなら、古い時計を部品交換のため開けてみたら、交換したい部品が古すぎて替えが利かず、やむなく油を差して閉めた、というような話だ。だがこの時は、気に留める者もいなかった。
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posted by nandemoarinsu at 22:22 | Comment(5) | 国内ニュース
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